コークスクリュー

〜〜生涯忘れない、あの谷津遊園のコークスクリューと
北の大地にて27年ぶりの再開〜〜

「日高の牧場で余生を送る、かつての中央競馬のサラブレッド」みたいに感じてしまうのは私だけだろうか?

   

   
歴史的にも名高いアロー社のコークスクリュー。1975年にアメリカのナッツベリーファームに初登場した後、各地に普及しましたが、日本に初上陸したのが1977年(昭和52年)のこと。当時、千葉県習志野市にあった京成谷津遊園に「日本初の宙返りコースター」として華々しくお目見えしました。当時このニュースは新聞等でも大々的に報道され、物珍しさに惹かれて、この私も開業間もない頃、その「日本初の宙返りジェットコースター」とやらを体験に行ったのでした。

その結果、当時の私は「腰が抜けたような状態」に陥り、この体験が「トラウマ」のようになってしまったことは、このサイトの「はじめに」のところに書いた通りです。この宙返りジェットコースターの登場によって、わが国でも「絶叫マシン時代」というべきものが本格的に幕開けを迎えたことになるわけですが、自分自身の方はというと、これを機に「殻に閉じこもった」ように、ジェットコースターや絶叫マシンの類とは全く関わりを持たない人生を歩むことになりました。

一方、コークスクリューの方も、華々しくデビューしてしばらく大活躍したものの、不幸なことにたった5年で谷津遊園の閉園という事態に見舞われ、これに伴い撤去されることになりました。

そして処分されることになったコークスクリューは、多くの遊園地から買い取りの希望が殺到したとのことでしたが、他を上回る強い熱意で京成電鉄に訴えかけて、その権利を獲得したのが、ルスツリゾートを経営する加森公人氏だったわけです。

かくして1983年、谷津遊園の日本初宙返りコースター「コークスクリュー」は、明昌特殊産業株式会社(現在はサノヤスヒシノ明昌社)の手によって北海道、ルスツの地に移設され、以後、20年以上の長きにわたってこの地で、生き続けてきました。

1977年、たった一度の出会いを最後に、私は「絶叫マシン嫌い」になって別の世界で生きることとなり、一方、コークスクリューは遙か遠いルスツへと旅だって行った・・・。この、普通ではもう再び出会うことはありえないような、「点と線」。しかし、運命の不思議に動かされたかのように、27年の歳月を経た後、この北の大地において感動の再開を果たすこととなりました。

   
昔のことで記憶にあるのは、ほんの一部で、かなり断片的。駅舎自体のことはぜんぜん記憶にないです。

   

ちょっとわかりにくですが、屋根とところに「CORK SCREW」のロゴがあります。

遊園地というよりは、ほんとうに牧場か何かの一部ではないかと思うくらいの素っ気なさと周囲の雰囲気です。

   
   
27年前の谷津遊園での開業当初のものすごい盛況だけは、おぼろげながら記憶の片隅に残っています。今は「ひっそりと」という感じだけれど、「静かな余生」という感じで、それもいいかもしれない。

   
巻き上げたら、すぐに右180度の旋回をして方向転換してファーストドロップに入りますが、この最高点ですぐに少しだけ下るところがアロー社のコークスクリューの特徴。コンパクトなレイアウトの中で、スムースにスタートさせるための工夫なのだと思います。
    
コースターそのものに関する特別なコメントはありませんが、自分自身にとっては大変に感慨深い乗車体験でした。

強いて言えば、奈良ドリームランドのコークスクリュー(スクリューコースター)とは1年違いですが、奈良のほうがコースターとしての「状態」はいいように感じた、という事くらいかな。

やっぱり長年きびしい自然環境の中に生き続けてきたという影響があるのでしょうか。

   
奇跡的な再会を果たしましたが、生きている間にもう一度、会えるといいね。

その日まで、またお互いに元気で頑張ろう!

   

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