ローラーコースターの歴史・世界編

昔むかしのお話です

        
 1.世界的に見たローラーコースターの起源
                       
---それはロシアから始まった
    

コースターの歴史というのは、それだけでも「研究家」という人がいて、専門の著書もあるというくらいですから、いろいろな説もあるらしいです。ただし現在では、その起源(はじまり)としては「16〜17世紀」、所は「ロシア」、といったところが一応の相場となっているようです。

コースターの起源とされる史実

その116世紀のロシアで、貴族の遊びとして行われていた「氷すべり」というのがレニングラードにあった。高さ10m、長さ150mのコースがあって、そこを木製のソリで滑り降りた。
   
その217世紀ロシアで、50度の傾斜のついた高さ21mの山のコースを木製のソリで滑り降りる「ソリ遊び」があった。

こういった話が伝わっており、このようなものがコースターの起源であると言われています。

     

それに加えて、さらに次のような話もあります。

(1)ロシアの「ソリ遊び」は、その後、あるランス人の手によって改良され、フランスの遊園地で木製の傾斜路を下る車輪付きの乗り物が誕生。これはフランスにあっても「ロシアの山」と呼ばれていた。

(2)1873年(明治6年)にオーストリアのウイーンで開催されたウイーン万博には「ロシアの山」と呼ばれるアトラクションがあった。高い台の上から木製の足場を組んでレールを敷き、2人乗りの小さな箱で滑り降りた。

    

以上のように、そもそも「ロシアで斜面をソリで滑る遊びがあった」という話が複数存在することと、その後19世紀には、ロシア以外のヨーロッパでも、山のような高いところから箱型の乗り物で滑り降りる遊戯機械がある程度確立しており、しかもそれが「ロシアの山」と呼ばれていた、ということも確かなようで、これらを総合すれば、「コースターの起源はロシアにあり」というのは、どうやら間違いないことのようです。

      

そんなコースター発祥の地といわれるヨーロッパですが、ウイーン万博での「ロシアの山」以後、しばらくの間はアメリカを差し置いてコースター史上に名を残すようなヨーロッパ独自の「業績」のようなものは目立たず、1900年以降はもっぱらアメリカがコースターの中心地として時代が推移したのでした。

              

      
 2.アメリカにおけるコースターの起源
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ヨーロッパとはちょっと違う

     

さて、アメリカ合衆国の建国は1776年。

ヨーロッパとアメリカの交流がいつ頃からどのようであったかは、専門の歴史書に譲りますが、史上初の万国博覧会が1851年にロンドンで開催されたのを端緒として、大々的な「多数の国々を巻き込んでの文化・技術の国際交流」というものが始まったと思われます。そして1873年のウイーン万博で「ロシアの山」が公開されていたということは、これがアメリカ大陸に何らかの形で伝わっていたことは否定できません。

しかし、アメリカで記録に残っている話は「ロシアの山」とは若干趣を異にするものでした。

1870年代、とある鉱山の廃坑で、石炭運搬用のトロッコ(重力で軌道上を走る)に乗って坑内を走り下るという「遊び」のために人々が喜んでお金を出していた、という話が伝えられており、このあたりがアメリカにおけるコースターのルーツだと言われています。

また同じ頃、実際に作られた形跡はないものの、コースターの原型と言えるような装置の特許を取った人がいるそうです。これはエレベーターで4輪の車両を軌道まで引き上げて乗せ、軌道に乗ったら切り離して、後は重力によてレールの上を走り下りていく、そして途中に2つの山を越えるというのですから、まさに「コースター」そのものと言っていいですね。(繰り返しますが、これは特許を取ったというだけで、実用化はされなかったとのことです)

そして実際に遊戯用に作られて、記録もしっかり残っているのは、有名なラ・マーカス・A・トンプソンがニューヨーク郊外、コニーアイランド(アメリカの遊園地発祥の地といわれる)に1884年に建設した「スイッチバック・グラビティ・プレジャー・レールウェイ」であります。

トンプソンは、先の「トロッコ」にお金を払って乗って楽しんでいる人々の姿を見て、「これだ!」というふうに、この乗り物が遊園地の「遊具」として人気を呼ぶ可能性が高いことを予感して、この遊戯機器の製作にとりかかった、と言われています。

これは、全体を描写した絵も残っていて、現在に通じる遊園地のローラーコースターとしては世界初のものとされています。

10人乗りの車両に横向きに座って、高さ9m、全長137mのコース(レールのが敷いてあり、波打つような起伏をともなっている)を時速10kmで走行したとのことです。

「スイッチバック」というように、コースは平行して2本あって、片道が済むと係員が車両を高さ9mのスタート台へ引き上げ、もう一方のコースに乗り換えて、往復する、というものでした。これは形式はちょっと違いますが、規模や速さなどからすると、このサイトのローカル遊園地に出てくる奥山高原のジェットコースターと同じくらいのものと考えていいでしょう。

「グラビティ」と名付けられたように、重力のみで走行する、ということと、「プレジャー」とのことで、鉄道とは違った娯楽を目的としたものということで、まさにその後のコースターのはっきりした形での「原型」といっていいと思われます。時は1984年。この頃を境にコニーアイランドは、それまでの静かなリゾート地という性格から娯楽性のより高い「遊園地」へと変貌を遂げていく、そんな時代のことでした。

このトンプソンのコースターはその後、高いところに引き上げるのに動力を使うようになったり、コースにカーブや8の字を加えるといった改良がなされ、しだいに進化をとげていきました。

さらに、トンプソン自身は、もともと鉱山の廃坑の中を走るトロッコからヒントを得ていたので、そのイメージをさらに発展させて、娯楽用のコースターに対してもトンネルを設けるという改良を施しました。これは、トンネルの内壁に美しい東洋の風景画を描き、トンネル内をライドで走行しながら美しい風景画を鑑賞できる、というもので、その後の「ダークライド系アトラクション」へとつながる出発点ともなっているわけです。

      

 3.ループ(宙返り)コースターのはじまり
                          ---実は意外と初期に登場していた  

       

近年では当たり前のようになった、コースターの宙返りですが、実際に広く普及し始めたのは比較的新しい時代のことで、1975年アメリカ、カリフォルニアのナッツベリーファームに設置されたコークスクリュー(アロー社製)が事実上の端緒だと言われています。

ただし、歴史上でこの宙返りコースターが初めて登場したのは実はかなり古く、何と1900年ごろのことだったということです。これも場所はコニーアイランド。その中の遊園地の一つだったシーライオンパークというところに、人類史上初の垂直ループコースターフリップ・フラップ」が設置されました。コースレイアウトの詳細はよくわかりませんが、これには径7.5mの正円形のループが初めて設けられました。

ところが何と、このコースターに乗車した人からムチ打ち症患者が続出してしまいまったのです。首に対する負荷が強すぎたのですね。

それではまずい、とのことで、制作者は、シートの背を高くしたりして出来るだけの改善を試みたものの、むち打ち症の発生をなくすことができませんでした。このため、営業の継続は困難となり、結局ほどなく撤去されてしまいました。

ちなみに径7.5mというと、現在、小型の垂直ループといえば日本ではクレイジーマウス(東武動物公園など)が代表的なものですが、この径がたぶん10mくらいですから、それより一回り小さい感じだと思えばいいです。(と言うか、札幌「円山子供の国キッドランド」のループ&コークがそのくらいか?)

フリップ・フラップ(flip flap)と言うと、何か薄っぺらいものクルっとひくり返るようなイメージだと思うんですが、そんな様子を言葉にした名前だったのでしょう。

この史上初の垂直ループコースターの正確な誕生年ははっきりしませんが、少なくとも1900年の写真には記録が残っているとのことで、1800年代の最後頃に登場したものと思われます

直線コースから正円形のループに移行すると、その部分で強いGがかかることが現在では判明しています。そのため、最近ではクロソイド曲線というものを適用して設計した楕円型ループが一般的となっています。クロソイド曲線は、徐々にカーブがきつくなっていく曲線図形なので、急激なGの変化が起きにくいのです。

人類史上初の垂直ループコースターは、これが正円形だったことに加え、ループ径が現在のものと比べ極端に小さかったため、かなり強いGが発生することとなり、(同じ速度なら回転半径が小さい方がGは大きい)、結局、人体には耐えられない衝撃を生み出していたということになります。

       

一瞬にして姿を消してしまった初期型ループコースターでしたが、根本的な改良は意外と早くなされて、何と1901年には同じコニーアイランドに、楕円形に改良したループコースター(名前をループ・ザ・ループという)が登場したのです。

このループ・ザ・ループは、以前のムチ打ち症を頻発した円形のループに変えて、楕円形のループを採用することにより、首にかかる衝撃を減らしたというのが特長でした。これを作った人はいろいろ実験して見せて、安全性をアピールしました。その時の宣伝文句には「現代最高のセンセーション---危険は一切なし!」とうたわれていたそうです。しかしながら、なぜか意外と人気が出ず、一方、製作・設置にかなり多額の費用が必要だったことと、車両が4人乗りで効率も悪かったことから、収支が合わず赤字になってしまったそうです。このため、コニーアイランドの他にも何カ所かに設置されたようですが、結局、これも登場後10年ほどですべて姿を消してしまうことになりました。

    

このように1900年ごろには一度登場していた宙返り型コースターでしたが、きわめて短期間で姿を消してしまい、次の再登場は何と約70年後、1975年のコークスクリューまで待たねばならなかったという不思議な歴史を持っているというわけです。実際にはおそらくループ・ザ・ループの時点で、うまく改良はされていたはずなので、その点、ちょっと残念だったような気がします。

ちなみに、そんな悲運のコースターともいえるループ・ザ・ループの名を戴いたコースターが日本にもあります。サノヤス・ヒシノ明昌社製の「ループ・ザ・ループ」で、シャトルループ似の往復式垂直ループコースターです。現在、ルスツリゾート、仙台ハイランド、サントピアワールド(新潟県)にあります。古い機種ではありますが、そんなループコースター誕生の頃のコニーアイランドに思いを馳せながらこの「ループ・ザ・ループ」に乗ってみれば、きっと「味わい」も深いのではないでしょうか。 

      
4.サイクロンの時代

      

先に述べたように、トンプソンのコースターは、その後、持ち上げるのに動力を使用し始めたり、コースレイアウトにバリエーションが加わったりしながら少しづつ進化したわけですが、宙返りループコースターの登場する1975年までの期間で最も代表的なコースターと言われるのが、1928年、やはりコニーアイランドに設置されたサイクロンです。その当時のスペックは高さ25.5m、全長792m、最大傾斜60度とのことで、これはその後若干の改修はあったものの、ほとんどそのままの姿で現在に至っており、このサイクロンは現存する最古のコースターと言われています。

1928年といえば昭和3年で、トンプソンのコースターが登場してからわずかに40年ほどしか経っておらず、そんな時代に作られたコースターが、21世紀の現在でも立派に現役としてコニーアイランドで走っているということは、驚くべきことだと思いませんか?

このサイクロンは大変な人気を呼ぶこととなり、アメリカ国内にいくつもの同名コースターが建設されることとなりました。まさに一世を風靡するといった様相だったようです。

最大傾斜60度だし、なにしろ、21世紀の現在でも立派な現役絶叫マシンなのだから。

これが当時、どのように受け止められていたか、ということを示す逸話が残っています。

    

・1927年、世界初の大西洋横断飛行に成功したあのリンドバーグが、初めてこのサイクロンに乗って、その感想を求められたところ、「飛行機で空を飛ぶよりスリルがある!」と答えた、という話。

失語症の患者が「サイクロンに乗ったら治るかもしれない」という主治医の提言に従って、サイクロンに乗車。ライドを終えて降車したら、「気持ちが悪い〜〜〜」と思わず声を発し、以後、言葉を取り戻した(失語症が治った)、と言う話。これは1948年8月12日のニューヨークタイムズ紙に掲載された実話だということです。ところで、この主治医も立派!

こういった話が残っているくらいだから、きっと、ものすごいインパクトだったのでしょうね。

                

     
   5.宙返りコースターの(再)登場以降

      

サイクロンから1975年のコークスクリューあたりまでは、コースターの高さも30m前後あたりを中心として推移し、コースレイアウトのバリエーションについては自由度も(今から見れば)少なかったように思われます。しかし、コークスクリュー(1975年、アメリカ・ナッツベリーファーム:Arrow社)と、翌1976年の垂直ループコースター"Revolution"(Magic Mountain:シュワルツコフ社)と立て続けに宙返りコースターが出現するに至って、一気に、「絶叫マシン」の時代へと突入していったわけです。

さらにレイアウトのみならず、駆動方式についても1977年にシュワルツコフによる「シャトルループ」で「カタパルト式」スタートが考案され、その後、同じカタパルト式といっても、リニアモーターや圧縮空気式を用いたものといったバリエーションが実用化されるようになりました。さらに乗車方法も「立ち乗り」、「インバーテッド」など新世代の機種が次々と誕生、近年では「フロアレス」なども流行しつつあり、またシートが回転してしまうものも登場しています。これらと平行するように、「より高く、より速く」という流れは止まるところを知らず、競い合うかのようにその数値を上げていくこととなりました。

1991年にKennywood Park(アメリカ、ペンシルバニア)のスチールファントムが、落差68.6m、最高時速128kmでギネスブックの「世界一」を獲得。しかし、1996年にはFujiyamaが落差70m、最高時速130kmでそれを塗り替えると、その後はミレニアムフォース(Cedar Point)、スチールドラゴンなどと続き、そして2003年のTop Thrill Dragstar(Cedar Point)の登場に至っては、高さ128m、最高時速193km/時というものすごいことになってきたのは記憶に新しいところだと思います。

もちろん、そういった数値的なことに限らず、レイアウトの面でも、より多彩なものへとの進歩は続き、絶叫ファンのあくなき欲求を満たすべく、新しいコースターが次々と誕生してきました。(特にアメリカにおいて)

こういった流れの中で、近年、新しい傾向が出現してきたのは、「快適さ」の追求という点です。従来ではコースター、絶叫マシンというのは、いかに人々に非日常的なインパクト(肉体的、精神的)を与えるか、ということが課題とされてきましたが、その衝撃度が限界にも近づいてきたことから、今度は逆に、衝撃的な中にも「快適さ」、「心地よさ」というものが要求されるようになってきたのが、21世紀となった現在のトレンドではないかと思います。

        

さあ、以上ざっとレビューしてきましたコースターの歴史ですが、今後は一体どうなっていくのでしょうか?

    
<参考文献>

「遊園地の文化史」中藤保則、自由現代社:1984年

「コニーアイランド・遊園地が語るアメリカ文化」ジョン・F・キャソン、開文社出版:1987年

「日本の遊園地」橋爪紳也、講談社現代新書:2000年

         

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